例えば授業中、突然教室のドアが開き、「お前の家が火事だと連絡が入った!」なんて名指しで呼ばれたら。
あるいは事故に遭い、松葉杖で登校してみたら。
そんな、どこか非日常的な光景に憧れていた。
しかし僕が想像していたのは、いつもその場面だけ。本当に家が燃えたら? 本当に骨が折れたら?
もしも、命を落としたら。そんなことは全く考えなかった。
「悪い! 今日の掃除、代わってくれない?」授業も終わり、ランドセルに教科書を仕舞っていると、そう声をかけられた。「塾の宿題がまだ終わってないんだ。今日提出だったこと今思い出してさ、だからお願い!」
一年生からずっと同じクラスの、いわば親友の彼は手を合わせ頭を下げ、これでもかという程懇願してきた。
教室の掛け時計は午後三時を指している。快く引き受けると、彼は感謝の言葉をマシンガンのように解き放ちながら、足早に教室から出て行った。
掃除は普通、決められた五人ひと組が週替わりで行う。しかし六年生になると受験のために塾に通う人も増え、掃除に参加できる人は少なくなる。先生も、なるべく手の空いている人が協力するように、と言っていた。今日は特に人が少なく、僕を入れて三人しか掃除に参加しなかった。
掃除を終えると、針は二十分進んでいた。
実を言うと、好きな女優の出る昼ドラを見るために今日は早く帰りたかった。
しかしドラマには間に合いそうもない。
いや、走ればまだ間に合うかもしれない。急いで帰ろうと決めたその時。
「あー、日誌書いてないじゃん!」
一緒に掃除をしていた男の子が、大声で言った。驚き顔を上げると、運の悪いことに目が合ってしまった。
いよいよドラマは諦めなければならないようだ。
今日は第四話。たしか彼氏に振られて、そこに新しい男が登場するストーリーだ。
物語を思い出しながら、日誌を広げた。
一人でとぼとぼ歩いていると、横断歩道の向こうに白杖を持った男性が見えた。
信号は青だが、彼は渡ろうとしない。信号が見えていないのは明らかだった。
帰宅が五分十分遅れようが、ドラマが見れないことに変わりはない。
横断歩道に踏み出したそのとき、視界の端に青いトラックが映った。
体が大きく宙を舞ったかと思うと、全身をすさまじい衝撃が絶え間なく襲う。
転がる体の中で混濁する意識が、黒に塗りつぶされてゆく。